臨床心理士・高島 進    のブログ

臨床心理士である高島 進が、気付いたこと・発見したこと・学んだことなどを記します。必要な人に必要なタイミングで届きますように。

自分も周囲もオッケー!

心理学的な対人援助をする場合、多くの人は、自分自身を扱いながら、活動を続ける人が多いです。

 

分かりやすく言うと心理技法のワークショップに行って、自分のテーマを解消するための働きかけを受けてみたり、自分に関連する事柄について学び続けながら、仕事も続ける、ということです。

 

そうなっていく中で、自己効力感であったりとか自己肯定感に関するテーマは、誰しもが通る道、というと言い過ぎかもしれませんが、多くの人が扱っていることであろうと思われます。(私自身も多分に漏れず、ですね。)

 

これは、自分のやったこと、やってきたことを受け取る、という点で非常に重要なことです。要するに、自分を認められない人が、どうやって他者を援助する過程で、クライエントを認めていけるのか、とざっくりいうとこういうことになります。

 

自分自身を受け取る。ここに(以前にもブログで書いたような、)ノージャッジメントを働かせる必要があります。
自分自身に正直になる、ということでしょうか。

 

 

上記のことは、非常に重要なことである。それは間違いないんですね。そうすると、例えば好きになる必要がない人に対して、好かれようと思ったり、嫌われないようにしようとしたりと、無駄なストレスを軽減し得る可能性があるからです。

 

しかし、これをのべつ幕なしに、いろんなことを無視して行ってしまうことには疑問を感じざるを得ません。

 

例えば、相手に「嫌い」と吟味もせずに口にしてしまったり
例えば、自分の力だけを強調して、ほかの人の存在や協力を忘れてしまったり
例えば、自分が思っていることと違ったら、立場も考えずに相手を批判してしまったり

 

自己を肯定したり、正当に評価したりする。それは大切なことです。
けど、それを証明するために、補償するために攻撃性を他者に向ける。
これは誰も得しません。(厳密にいうと、自己肯定感がある人はそんなことしません)

 

こういう時は「謙虚」さが忘れられていることがほとんどです。

 

どうしても好きになれない人がいる、思い通りに事が運ばず怒りを覚える。
これは仕方のないことで、だれでも起こりうる感情の現象です。

 

そこを持っていられないからむやみに吐き出すことは、自分自身の成長にも妨げになる可能性だってあります。

 

マイナスな感情を受け取ることと、他者を攻撃することは別問題です。

 

今持っている感情を自分で受け取る。

周囲にとっても自分にとってもオッケーな形でそれを処理する。

 

そうすることが、自分にも周囲にも「謙虚」であるということじゃないでしょうか。
「謙虚」さは忘れてしまうものです。ということは、思い出すことだってできます。

 

私自身も気を付けようと思いました。