CP高島の! 日々と気付きと時どき修験道

臨床心理士(CP)高島 進が、日々気付いたことを格好つけて記します。

選択は繋がっている

「人生は選択の連続だ!」とよく耳にしたり目にしたりしますが、
それをオンタイムで体感する、ということはあまり見聞きしたことがないように思います。それが、先日そのまま感じられた体験がありました!

 

先日まで、修験道での活動で大峯山系の弥山へ行って参りました。

まだ山岳修行者としては初心者もいいところなのですが、山道での修行はいつも何か重要な気付きが伴ってきました。今回も多分に漏れず。

 

まずは「自身の選択には必ず退路があるとは限らない」ということ。
山に入ってから一度目の休憩まで、普段運動をしていないこともあり、とても足が重く、もうこのままでは動くこともままならない!と強く感じた瞬間がありました。

 

しかし、そんな状態ではもう下山することはできません。
覚悟を決めて、ちょっとずつ、先のことは考えず、一歩一歩前へ進むしかない。
そこであきらめてしまうことは、文字通り「停止」という結果しかもたらさない、ということです。

 

幸い、一度目の休憩後、古いエンジンがあったまったかのように脚も体も動いてくれたので、何とか登頂することが叶いました。

 

そして下山時に、もう一つ大きく学んだことがありました。

 

下山時、10人未満の割と少人数での修行だったのですが、人によって歩くペースが違うため、気が付けば先頭と後尾の二グループ分かれることになっていました。

その中で私は後ろのグループにいたのですが、自分のペースで歩いて行った結果、途中一人での下山となりました。

 

すると、そこは山道。全部が全部わかりやすい道であるはずがなく、途中どうしても道と思えない道を歩いていることに不安を感じました。

 

山では一本道をたがえると、遭難してしまう危険が常に付きまといます。
その時に、今まで判断してきた選択が正しい選択だったのかの疑念が生まれてきたのですね。

 

「自分が道だと思っていたところは、実は道じゃなかったとしたら…?」

 

そう思いだすと、今度は道を引き戻すか、このまま前に進むのかが判断がつかなくなってきて、パニックになりかけた状態になったことを自覚しました。

 

幸い、人工物の目印をたどり、無事下山できましたが、一瞬だけでも「死」が頭をよぎった瞬間の恐怖感は忘れられません。

 

このようにパニックになると、今まで自信をもって判断してきたことなどに疑念を持ってしまい、結果動きが取れなくなる、という心理状態を体験することができました。

その時、「人生は選択の連続だ!」ということを身に染みて感じられたような、そんな気がしました。

 

こうして帰宅し、日常生活をまた続けられる、
そんなことにも手を合わせたくなるような、そんな修行となりました。

 

来年も懲りずに登頂させていただきたいなぁ、と思います。

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